お嫁にいらした姉さまとは?難しい意味を解説!お姉さん思いの歌だった?!

もうすぐひな祭りですね。スーパーでひなあられを見かけて春を感じるのは私だけでしょうか(笑)。おひな様を飾るときは心がウキウキします。今では15人全部のひな人形を飾ることも少なくなり我が家のように親王飾りだけで済ませているお宅も多いと思いますが、いつの時代もおひな様は女の子にとって特別な存在です。

そしてこのおひな様を飾りながらいつの間にか口ずさんでいる歌が「うれしいひなまつり」です。ほかにひな祭りの時に歌う歌が思い当たらないくらい有名な日本の童謡です。

でもひなまつりという楽しい行事を歌った曲で、題名にも「うれしいひなまつり」とあるのにメロディーが暗いところに少し違和感を感じます。これまで何十回と歌ってきましたが歌詞を読みこんでみると何やらホラーな雰囲気を感じるので少し調べてみようと思いました。

言い回しが古めかしいところが怖く感じるのかもしれません。一番気になる歌詞を挙げてみると⒉題目の「お嫁にいらした姉さまに よく似た官女の白いかお」でしょうか。以外とこのフレーズ、気になっていた方いるかもしれませんね。少し古い曲なのでまず作られた時代背景から調べてみました。

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1935年(昭和10年)、忠犬ハチ公の銅像が建立されたり街頭ラジオが登場した年にこの曲が生まれました。特にラジオは高根の花で大勢の人たちがラジオ販売店の前に群がっていたそうです。そういう時代に作られた曲なので歌詞の内容も理解しにくいのかもしれません。

まず「お嫁にいらした」の部分から調べてみましょう。「お嫁に行った・来た」どちらも敬語として使えますが作詞者であるサトウハチロ―氏の実姉が結婚目前で肺結核になり破談となったのち18歳という若さで亡くなっています。18歳といえば現代ならまだ高校3年生。まだ少女の面影が残る姉が決まっていた縁談も取りやめになり結核で命を落としてしまったという悲劇を「お嫁に行った」と言う歌詞を用いて姉が嫁いだように表現したのでしょう。

現代では18歳で縁談など信じられないかもしれませんが昭和の初めは10代半ばから後半が結婚適齢期でした。ちなみにこの頃女子の教育機関であった女学校に進学できるのは同世代人口の15%前後、卒業に至っては更に少なく、在学中でも縁談が決まればそのまま中途退学して嫁ぐことが当たり前の時代でした。

サトウハチロ―氏の姉が18歳で縁談があってもごく普通のことで10代後半までに嫁いだ少女たちは「良妻賢母」という基本理念で縛られ子供を産み育てることが当時の女性の幸せとされていました。姉がかかった結核は病状が進むと透き通るような白い肌になるので「官女の白いかお」に自分の姉の面影を重ねたのでしょう。

そしてサトウハチロ―氏自身もこの頃、妻と別居中で子どもを引き取った直後でした。実母と別れて暮らす二人の娘のために、当時珍しかった電気でぼんぼりに灯りがつくひな人形を購入しています。娘たちに寂しい思いをさせないようにと父親からの心づくしでした。実際、幼い娘たちは大変喜んでぼんぼりの灯りを付けたり消したりしながら遊んでいたそうです。

ちなみに「九十歳。何がめでたい。」を執筆した92歳の大作家!「佐藤愛子」氏はサトウハチロ―氏の異母妹です。

「お嫁にいらした姉さまに よく似た官女の白いかお」は若くして亡くなった姉を思い、歌の中で幸せを祈ったものだったんですね。

今年のひな祭りは家族の別れや子どもへ愛情を注いだ父親の切なくもほろ苦い思いを感じながら過ごしてみるのもいいかもしれませんね。











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6歳、3歳、1歳の3姉妹のママ。現在育休中。職場復帰に備え、子供との時間を大事するためにどうしたらいいか常に模索中。3姉妹と私で日々、女子会開催中。妊娠から産後、子育て、保育園、時短生活、共働き、子育て中に目覚めた美容のことなどなど自分の経験をもとに情報発信していきたいと思います^^